「星をみるひと」は1987年HOT・Bによって制作されたSFロールプレイングのファミコンゲームである。当初からその操作性の悪さや説明不足を指摘され、特段の注目を浴びることもなかったこの作品は、ファミコン発売終了後、レトロゲームへの関心の高まる中で徐々にその知名度を上げ、現在その版権を所有するシティコネクションから、2020年7月、Nintendo Switch版として商業的に復活した。

中小ゲームメーカーの制作した欠陥だらけの地味なファミコンゲームが、「伝説のクソゲー」と評され、ついにNintendo Switchなるメインストリームに加えられたという道筋は、決して尋常なものではない。注目すべきは、ここに至る転換がいわゆるマスコミや企業の広報によるものでなく、主に口コミ、同人誌、二次創作といったファン活動に主導された点である。今回はそのファン活動の中から転換の節目とみられる二つの作品をとりあげ、それらが「星をみるひと」の歴史に果たした役割と影響を概観したい。

(1)『Star Seer』(編者 秋山貢/発行者 高木翼/発行所 秋山翼賛会)

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1998年発行の『Star Seer』は「星をみるひと」の攻略情報を収めた同人誌である。A5判オフセット、遊紙含めて60ページ。システム解析、シナリオ解析、データ解析の三章に分かれ、キャラクターデータから各マップ、会話の細部に至るまで各種の情報が網羅されている。エンディングの未公表データ(注1)こそ含まれないが、それ以外の要素はほぼ収録され、管見の限り、現在に至るまでこれほど体系的な「星をみるひと」攻略本は、同人誌・商業誌どちらにおいても現れていない。

本書の構成を追いながら総合力の高さを見てゆこう。まず第一章《システム解析の章》では、登場人物四人の能力、得意技を解説した上で、成長パラメータの上昇度を示し、「実際に本作品で本当に意味をもつパラメータは、素早さでも防御力でもなく、「さいこ力」なのだ……」と戦いの特質をまとめて「効率的な戦闘」の解説へ進む。またこの章では「薬の調合と実際」でそれぞれの薬と薬効、必要な木の実やその入手場所などを表で示し、「装備と実際」でIDカードやさんそぱいぷなど難易度の高いアイテムについても漏らさず語っている。

登場のモンスターは、長物系、総合警備員系、機械化兵系、超能力関係者系、謎の生命体系、といった独自の五系列に分類して網羅する。

(機械化系モンスター)
じゃんく(JUNK)
DATA LIFE2、ATTACK6、DEFENCE0、EXP3、GOLD5
某DQでいうところのスライム。「ジャンク」というだけあって、パラメータにもこれ以上弱い敵はないという程に低い。レベル0の時はじゃんくとふらっかをカモにして、なんとかレベルを1にするべし!因みに、ジャンクという言葉には、麻薬(特にヘロイン)という意味もある。

基本的に、データを示し、推測しうる限り名称の出所にふれた上でそれとの効果的な戦い方を説いている。本書コラムによれば、この敵データはゲームプレイと内部データの解析双方から取得されたものである。ちなみに長物系モンスターとされるのは「くれおぱとら」というヘビと「しろいわに」のふたつ。この「しろいわに」を「出典不明」としている点、「星をみるひと」に影響を与えた「サイキックシティ」との関連はここでは把握されていなかったらしい。

第二章《シナリオ解析》では、マップごとに、データ、登場キャラクター、イベント、入手できるアイテム、そこでのシナリオの流れが解説される。最終章の《データ解析》では、「本編全ての会話集」としてセリフが網羅され、パスワードのアルゴリズムやその操作、踏み込んだ変更の方法などが記されている。

『Star Seer』は単なる情報の提示にとどまらず、それぞれの情報を入念に重ね合わせ、「星をみるひと」のストーリーラインを明瞭に浮かび上がらせた点でも出色であった。穴だらけの情報と不条理さで知られた「星をみるひと」は、ここに至ってようやくプレイヤーが歩きとおせる一筋の道となったのだ。

1998年冬、キルタイムコミュニケーション発行の『ユーズドゲームズ』誌は、この『Star Seer』をもとに「星をみるひと」特集を組み、その攻略情報を8ページにわたって紹介した。このゲームの発売後、商業誌にこれほど大きくとりあげられたのはかつてないことであった。『Star Seer』は、それまで同人や一部好事家だけに認知されていた「星をみるひと」を、商業誌の、いわゆる一般的なレトロゲームファンの世界へと大きく押し出したのである。

(2)「Star Gazer」

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配布元「余計な味がしない。」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kiss-me/aji/

「Star Gazer」は、2004年、当時学生でありアマチュアのゲーム開発者であったRxo Inverseによって作られた「星をみるひと」のウィンドウズ用二次創作フリーゲームである。

ここでは原作の欠点とされる部分が丁寧に修正され、プレイヤーにとって圧倒的に遊びやすいゲームとなっている。グラフィック、サウンド、演出など、どれもが調和的なレベルで仕上げられているが、当時二次創作のフリーゲームを完成まで漕ぎつける者が稀だった中、この作者が多くの問題点を取り去った上で破綻なく全体をまとめあげた手腕は、まず評価されねばならないだろう。

第三回(注2)に記した「星をみるひと」の問題点と本作を比較してみよう(表1)。原作らしさに配慮しながら、全体に綿密な手直しがほどこされている様子がうかがえる。また本作はプレイヤーが敗北しても再開しやすかった。戦闘で負けると「たたかいつづける ゆうきは あるか?」と問いが浮かび、「あります!」を選べばすぐさまやり直すことができた。(表1参照)

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表1「星をみるひと」と「STAR GAZER」の相違点

こうして原作の遊びにくさを取り除いた「Star Gazer」だったが、ここで特筆しておかねばならないのは、この作品が原作の世界を阻害せぬよう入念な注意を払って作られているという事実である。Rxoは、操作面にこまかな調整を加えながら、二次創作として作り手が最も意欲をそそられるはずの世界観のアレンジには消極的だった。Rxoはある時点で作家性を捨て、「創造から製造に」自らを切り替えた。(注3)

にもかかわらず、この作品が単なる「遊びやすくなった原作」にとどまらない存在の強度をもっているのは、Rxoが、ゲームシステムを構成する多くを「Sa・Ga2秘宝伝説」を筆頭とするスクウェア・エニックスのRPG、サガシリーズのシステムに拠って開発すると判断した点に一因している。

しばしば指摘されるとおり、サガの特質はその自由度の高さにある。サガは、シリーズ第一作「魔界塔士Sa・Ga」から、装備や特技にキャラクターごとの制約が存在せず、育成方法や個性付けなどが自由である。

「Star Gazer」が特に参考にした「Sa・Ga2秘宝伝説」は経験値の蓄積でキャラクターが成長する従来のRPGと異なり、戦闘中の行動によってキャラが成長するシステムを採っている。そのためそれぞれのキャラクターをプレイヤーの好みに育てることができ、遊び方の自由度も高まった。能力にキャラや性別、職業などの制約をもうけない管理方法の自由さと、成長システムの自由さ。この二点はサガの象徴的な要素ともなって、以後のシリーズで継承されてゆく。その血脈を継ぐ「Star Gazer」もまた同様の自由をもつのだが、これは「星をみるひと」にとってきわめて本質的なレベルでの再生だったようにみえる。

振り返れば、「星をみるひと」は、サイキックたちの戦闘と探索のストーリーが、突如宇宙への移住という壮大なテーマに切り替わる。情報の抜け・漏れという空白をも含めた未知の空間が宇宙空間にまで繋がってゆくこの展開は、プレイヤーたちに作品世界の広大さを強く実感させたのだった。「退廃的RPG世界とみせながらスペースオペラに舞台転換するところに触発された」……Rxoは「星をみるひと」の魅力をそう語っている。(注4)

だがこの世界はあまりにも窮屈な形で作品内部に押し込まれていた。そこには作り手の能力、技術不足に加え、ファミコンの容量不足という時代的な問題が関わっている。「星をみるひと」がかかえる最も本質的な欲求は、こうした不自由を排除して作品世界の広がりを純粋に体感することにあったのではなかったか。
そしてサガの自由度は、この広がりの体感にきわめて高い親和性をもっていた。原作発売から17年、Rxoがその幾多の欠陥を修正し、余計な味は加えず、若干の裂け目すら残したままそれをサガの上で動かしたとき、原作の世界観は無類の強度をもって立ち上がり、プレイヤーは自分が大きな自由の中で星みる世界の広がりと対峙しているのを実感したのだった。今自分はどこにいるのか、この世界は何なのか。RPGのプレイヤーの問いは、SFの本質ともいうべき問いとなって、ラストのいるかとの対話へと続いてゆく。
Rxo Inverseというこの卓越した批評眼の持ち主は、原作のもつ桎梏と可能性を正確に解読し、サガというベースの上に物語を解き放つことで、もうひとつの/ありえたかもしれない「星をみるひと」を2000年代のネット上に出現させたのである。

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「星をみるひと」を初めて一筋の道として提示した『Star Seer』は、同人誌と商業誌の間を繋ぎ、このゲームの普及に大きく貢献した。本書はまた、今は消失した複数サイトを含む「星をみるひと」研究の歴史を残すものとしても、現在無二の存在である。そして「Star Gazer」は、レトロゲームの再生とは何かという本質的な問いとなってゲーム史を貫き、2020年のNintendo Switch版「星をみるひと」へと繋がっている。

『Star Seer』「Star Gazer」とその仲間たち、同人誌や二次創作の世界が「星をみるひと」に果たした役割はあまりにも大きい。かれらの活動によってこの作品はまさにリスタートしたのであり、その知見はこの先のゲーム史に寄与してゆくだろう。次回はその後の「星をみるひと」の歩みと版権の移動について概説し、ここまでの全体的な振り返りの回としたい。

(注1)「星をみるひと」のエンディングで、ゲーム上には登場しない「いるかと戦って勝つ」という選択肢が存在していたことは、2000年代初頭の内部データ解析によって発掘された。

(注2)『まんだらけZENBU』第101号(web版では2023年11月10日公開)

(注3)2021年2月のRxoへの質問状回答による。

(注4)2020年9月の発言による。

(敬称略)