1987年、HOT・Bから発売されたファミコンゲーム「星をみるひと」は、2020年7月、株式会社シティコネクションによってNintendo Switch版として復活した。

その操作性の悪さや攻略難度の理不尽さから今なお伝説と語り継がれる「星をみるひと」だが、その発売当時は各種ゲームの玉石混交の中、決して目立つ存在ではなかった。ファミコン発売が終了し既に過去のものと意識されるようになった頃、このゲームは徐々に一部マニアの口の端にのぼり始め、まずは90年代後半、ひとつの画期を迎えた。

1996年、『ファミコン通信』4月12日号は、「ロマンシングサ・ガ3」やりこみ大賞審査会に「北海道の渡辺君」という人物から対象作のやりこみではなく「星をみるひと」のエンディング動画が送られてきたことを報じている。このとき「スクウェアの河津氏(現・スクウェアエニックス 河津秋敏氏 筆者注)は、渡辺君の作品に対して、「『星をみるひと』をクリアするほうがたいへんだよ」と語ったとあり、その結末は定かでないものの、これが後年「クリアしただけでやりこみ認定された」という噂を生んで、「星をみるひと」伝説の一部となった。

1998年、篁怜樹による同人誌『Star Seer』が刊行された。前回の本稿でも紹介したこの同人誌は「星をみるひと」の体系的な攻略本としてそれまで未知だったこの世界を最後まで歩きとおせる一本の道にしてみせた。同年、『ユーズド・ゲームズ』誌Vol.9は『Star Seer』をもとに8ページにわたる「星をみるひと」特集を組み、商業誌として初めてこの作品を正面から取り上げた。一般のゲームファンの認知度をおおいに高めると同時に、この作品の潜勢的な力を商業誌というシーンがはっきり認めた出来事だった。

2000年代は、ネット環境の進歩によって個人サイトを中心としたファン活動が活況を呈する。ネットでの個人活動を舞台に、「星をみるひと」はその存在感を大きく増して躍進した。

この時期「星をみるひと」をめぐるファン活動の代表のひとつとなったのが、これも前回紹介した二次創作フリーゲーム「Star Gazer」だった。2004年、Rxo Inverseがリリースした「Star Gazer」は、「Sa・Ga2秘宝伝説」の成長システムを参考に「遊びやすい星をみるひと」を実現するとともに、原作の世界観の奥深さを体感させ、新たなファンの開拓に貢献した。

またこの時期の成果としては、有志による「星をみるひと」内部に埋もれた未公開エンディング発掘の功績を忘れることはできない。他にも、特にイラストのジャンルで「星をみるひと」の二次創作が多く発信され、その意匠はネット上の各所で多彩な広がりを見せた。

劇作家の鴻上尚史が「星をみるひと」の原作者だという説が出たのもこの頃だった。大のファミコンファンを自認し、1996年にはイマジニア発売のSFRPG「G.O.D目覚めよと呼ぶ声が聴こえ」(スーパーファミコン)の原作を手がけた鴻上であったが、2003年、これを「星をみるひと」の作者と誤認したとみられる書き込みがAmazonのレビューに投稿され、検証されぬまま風聞が広まった。

2015年、アマチュアゲーム開発者、星をみるねこは、「Star Gazer」の影響のもと、「星をみるひと」の新たな二次創作ゲーム「ロマンシングステラバイザー」(以後ロマステ)をリリースした。2004年に着手し十年以上の年月をかけて完成されたこの作品は、「Star Gazer」の「Sa・Ga2秘宝伝説」にならって、後発のサガシリーズ「ロマンシングサ・ガ」のシステムを参考としている。ただし「Star Gazer」が原作の改変に消極的だったのに対し、こちらは一貫して創作への旺盛な意欲をみせた点が異なっていた。「ロマステ」は、原作のストーリーをたどりながらも、ネット上に散在した二次創作の意匠を積極的に取り込み、ファンによって再構築された新しい「星をみるひと」の世界を提示したのだった。

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ロマンシングステラバイザー画面
配布元「ロマステ博物館」
https://matu65535.wixsite.com/romaste

こうしたネットでのファンたちによる「星をみるひと」のイメージは、2020年、Nintendo Switch版のリリースにあたって、稀有な形で集約されたとみえる。このときシティコネクションは、ゲーム内でプレイヤーが選べる壁紙のイラストを募集したのだが、ここに同社の予想を越える百点以上の応募作品が寄せられた。その中に「Star Gazer」のイラストを手掛けたエリむーとの作品もあったことは、この募集がどのようなファン層にまで届いたか、その射程の深さを物語っている。

予想以上の応募を受けてシティコネクションは、当初3枚としていた採用枚数を10枚に広げ、ゲーム内に「ファンアートギャラリー」を設けて、総計40枚の応募作品を収録した。「星をみるひと」をめぐるネット上のさまざまな形象は、こうして公式と交わって浮上したと言ってもよいだろう。それはまさに、「星をみるひと」ならではの祝祭の形ではなかったか。

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NintendoSwitch版画面
画面外側は壁紙として採用された作品10枚を
含む13パターンから自由に選べる

さて、「星をみるひと」の歴史をつなぐ役割を見事に果たしたシティコネクションであったが、ここで同社がこの作品の版権を取得するに至った経緯を記しておかねばならない。

「星をみるひと」発売元のHOT・Bは、1993年多額の負債を負って倒産した。その後同社社長の高橋輝隆はゲームメーカー、スターフィッシュ・エスデイ(以下スターフィッシュ)を設立。「星をみるひと」の版権もこのスターフィッシュの保有となった。一方、株式会社シティコネクションは、クラリスディスクのレーベルでゲームのサウンドトラックを多数手掛けていたが、2013年、HOT・B作品のサントラ盤「ROM Casette Disc In HOT・B」の制作にあたってスターフィッシュに接触した。これが縁となり2015年、高橋からシティコネクション社長の吉川延宏に、高橋が経営する東中野のもつ鍋屋「よかさん房」、及び、保有するゲーム版権3本を買わないかとの打診があり、吉川が「オーバーホライゾン」「サイキックシティ」「星をみるひと」の3本をもつ鍋屋とともに購入したのが、版権取得のいきさつである。(注1)

「オーバーホライゾン」は1991年発売のシューティングゲームで、現在でも根強い人気をもつ。「サイキックシティ」は、このとき既にD4エンタープライズのゲーム配信サービス「Project EGG」で配信されていたが、「星をみるひと」との縁の深さ(注2)を知る吉川が、「繋がりのある版権は同じ会社が管理すべきである」との信条から同時購入した。

こうして「星をみるひと」の版権を取得したシティコネクションだったが、このときリメイク等の開発は特に考えていなかったという。2016年、吉川は電撃オンラインのインタビューで「星をみるひと」の版権保有を明かし、ただしその新展開を働きかける意向はないと語っている。(注3

とはいえ、ゲーム会社ジャレコの作品版権を引き継ぐシティコネクションは、この年、ゲーム開発事業に参入。同社は「IPの最大化」を掲げ、過去のゲームをマルチプラットフォームに展開でき高度な移植を実現しうる提携会社を探しつづけていた。

2020年、ロサンゼルスにレトロゲームのマルチプラットフォーム移植を得意とする会社があると聞いた吉川は単身渡米。先方の実力を確認し、保有IPのゲーム移植を委託する方針を固めたが、この開発第一作目として社内で選出されたのが「星をみるひと」であった。

正式決定は同年3月末。本格的な始動は4月に入っている。そして5月1日、Nintendo Switch版「星をみるひと」の発売がネット上で発表されたとき、ファンのみならず多くのゲームマニアからSNS等で大きな反響が湧き起こった。

Switch版「星をみるひと」は、移動速度の倍化、巻き戻し機能の追加、クイックセーブ・ロードの導入など、入念なアシスト機能がもうけられている。ただし、それらはプレイヤーが任意で選び取れるよう外部に付設されており、当初起動時に表示されるはずだったシティコネクションの自社ロゴは排されている。原作ファンの体感を重んじ、原作の本来の意図を崩すまいとしたシティコネクションの意識が細部まで届いた仕様であった。

なぜシティコネクションは、当初考えていなかった「星をみるひと」の企画をスタートさせたのか。多数の版権を保有するかれらは、なぜロサンゼルスへの委託第一作に「星をみるひと」を選んだのか。

同社スタッフの上田は、2013年サントラ盤リリース時に受けた印象を今も鮮烈に記憶している。当時プロモーションとして「星をみるひと」の実演生配信をおこなった際、この作品のファンがその難関攻略法や適切な状態への誘導など、作品の綾について事細かにコメントで説明してくれたというのである。このときシティコネクションは「星をみるひと」ファンの熱量に直接触れたのであり、「新展開は考えていない」といった吉川の発言も、この熱気を知ればこその慎重さであった。

高度な技術をもつロサンゼルスの開発会社の出現は、原作を熱愛するファンと移植との関わりというナイーブな難問に挑む跳躍台だったのであり、「星をみるひと」はまさにその挑戦一作目にふさわしい作品だったのだ。

2020年12月14日、「星をみるひと」は、Nintendo Switch版に続き、D4エンタープライズのiОS専用サービス「PicoPico」に収録された。Switch版とは異なりゲームのアシスト要素は搭載されていないが、スマートフォン等の身近な機器で「星をみるひと」を楽しめるようになった。

ここ数年、ネットにおけるレトロゲームへの関心と歴史意識の高まりはいちじるしい。昭和の末に生まれ一度は埋もれたゲームタイトルが、33年の時を越えて令和の現在に商業作品として復活するまでの軌跡は、すべてのゲームファンにとって大きな示唆に富んでいる。そこにはゲームに対する意識の成熟と価値の転換が含まれており、突出した個性がみせるレトロゲームの生存の方途が示されている。

「星をみるひと」の記事はここでいったん区切りとしたいが、ただひとつ、連載中もちあがったこの作品をめぐる思いがけない探索の経緯を報告しておかねばならない。次回は「星をみるひと」の発売日問題を取り上げる。
(敬称略)

(注1)シティコネクションに関する内容は、2020年10月8日のノヒイの取材による。
(注2)「サイキックシティ」は1984年発売のSFRPG。「星をみるひと」作者の沖中日出光が企画・ディレクションをつとめ、超能力者たちへの迫害というテーマなど「星をみるひと」に強い影響を与えた。
(注3)電撃オンラインインタビュー2016年12月29日「ジャレコの版権を持つシティコネクションに訊く、これまでとこれから。次に狙うのはIPを使ったゲーム開発」

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一九八七年当時に背景グラフィックを
担当した木下によるスケッチ画