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Mariko Tada「まんだらけ社員食堂と日々の映画の記録③」
ティラミス、ミックスピザ、ミートボールスパゲッティ、チキンカツ、スパゲッティサラダ・・・。喫茶店あるいはバーの軽食メニューにありそうな食べ物から漂うバブルの香りを胸いっぱい吸い込んでBARBEE BOYSの「使い放題 tenderness」なんて聴いたらアフターファイブに向けてラストスパートなOL気分。そんな時、私はいつでも一つの映画を思い出す。
『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』という作品を初めて観たとき、私は生涯で初めて映画館の中で叫び出しそうになるという衝動に駆られた。80年代後半の東京、大手企業に勤めるOL・広子と小さな広告会社に勤めるサラリーマン・健二はお見合いをし、気まずく別れるがひょんなことから再び出会い、一晩行動を共にすることに。
不器用な二人が都会の街を彷徨いながら距離を徐々に縮め、都電荒川線の始発で別れるまでの20時間。二人の男女の関係が徐々に変わっていく過程において感動的なショットがいくつもあり、何より80年代という時代に存在したほとんど奇跡に近い瞬間やセリフが、普段気づくことのない自分のあらゆる感情を揺さぶってきた。平日朝の光が差し込むOLの女の子の部屋、灰皿が等間隔に置かれた病院の待合室、バイキング形式の食べ物があるクラブ、深夜のタクシー、『Hot-Dog PRESS』読んでいそうなの男の一人部屋。主演はBARBEE BOYSのKONTA、挿入曲もBARBEE BOYSでキメられたらたまったもんじゃない。この時代を知らない私は作品世界に対して軽い嫉妬のようなものを覚え、最後には清々しい敗北感を胸に映画館を出た。
ヤフオクで購入した映画のポスターをベッド脇に貼り高らかに『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』信者宣言をした大学3年生の冬。その後もこの映画が上映される度に映画館に出かけ、憧れの時代のファンタジーにわくわくした。
まんだらけの食堂でミックスピザにタバスコをかけている時、オレガノの香りが効いたトマトソースたっぷりのチキンカツとスパゲッティサラダを食べている時、仲良しの女友達、あるいはボーイフレンドとおしゃべりしながら食べたら素敵だろうなと思う。なんとなくタバコに一本火を付けながら食後のコーヒーでも飲むことができたら完璧だ。
『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』信者のさがで、ついそんな空想をしてしまう。「インスタントだけど…俺のカフェオレ」なんて小っ恥ずかしいセリフや明け方の紫色に染まった都電荒川線の線路が間違いなく存在したあの80年代へ。タイムトリップできるきっかけをいつも探している私は社員食堂でそれを見つけた。
先日大阪旅行に行った際、空腹で駆け込んだ喫茶店で私は数あるメニューの中からクラブハウスサンドを注文した。綺麗な断面を見せて8等分にカットされたそれをほとんど無心で一気に平らげ、ふとこのシーンをいつかどこかで見たことがあることに気がついた。
村川透監督のデビュー作『白い指の戯れ』という日活ロマンポルノ作品、これは本当に見事な青春映画だった。19歳のゆきという少女(伊佐山ひろ子)が新宿の街で出会い恋愛をした二人の男、一人目は泥棒、二人目はスリだった。やがて彼女は集団スリの仲間にのめり込んでしまう。
万引き、スリ、レズ、乱交パーティー、どれも遊びだとばかりの無気力な明るさの中、純情すぎる少女の何処か孤独な姿が苦しいくらいに愛おしい。好きな男(二人目の男・荒木一郎)に放置され、空腹に耐えかねた末に頬張る喫茶店のサンドイッチの味。そうだ、このシーン、この味だ。人恋しさ、ひもじさ、それらを満たしてくれるのは厚切りのステーキでも熱々のラーメンでもなく、町の喫茶店で出てくる平凡なサンドイッチなのかもしれない。これ見よがしでないけどほっとする見た目、急いで頬張ってもゆっくり食べても変化することのない味。適度な距離感で自分をそっと放っておいてくれる存在を喫茶店のカウンター越しにすっと差し出されたら私も伊佐山ひろ子のようにそれを口いっぱいに頬張り水でぐっと流しこむだろう。
まんだらけの社員食堂では毎日、日替わりの定食とサンドイッチの2種類から選ぶことができる。定食のバリエーションの多様さには驚くが、サンドイッチも実にたくさんの種類が用意されており楽しい。厚焼き卵、茹で卵&パストラミ、海老フライなどの定番からピーナッツポーク、スイートコーン&チーズなどジャンクな変わり種まで。パンの厚さ、焼き加減も好みに合わせてもらうことができる。
お弁当として拵え青空の下で食べるサンドイッチの味も好きだが、作りたてのギュッと並んだそれを平らげた後の真っ白い皿を見るのもまた良い。社員食堂のサンドイッチはどちらかというと喫茶店のサンドイッチよりも、ボリューミーでハンバーガーに近いのよね、なんてボソボソ呟きつつ、70年代新宿の空気や新宿西口の今はもうなき喫茶店のことを考える。あの場所で恋しい男を思いながら寂しさと空腹に打ち勝とうとサンドイッチを頬張るゆきのあまりにチャーミングな姿。退廃的で時に過激に…『白い指の戯れ』を観てから、ちょっと投げやりなヒロイン気分でサンドイッチにかぶりついてみるのもいいかもしれない、と思う。時代は変われどサンドイッチはいつだって特別でない佇まいで物語の中にいる。