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Mariko Tada2023.2.10

Mariko Tada「まんだらけ社員食堂と日々の映画の記録④」

少し前、映画館で村川透監督の『行き止まりの挽歌 ブレイクアウト』という映画を観たのだが、これが素晴らしかった。終始緊迫した空気と容赦ない暴力描写はもちろん見どころだが、80年代の匂い、謎のモヤと少し青みがかった光、こういうのがいつだって見たいんだと改めて思った。踊る石野陽子やギラギラの藤竜也、『ブラック・レイン』の松田優作を予感させる殺し屋(実は『ブラック・レイン』よりこっちが先!)など必要なキャラクターは揃っている。

新宿西署の刑事・梶竜介(藤竜也)は殺人事件の被害者が、竜田組の縄張りであるクラブのバンドマン・島田であることを割り出す。梶は若い西村(村上弘明)という刑事をパートナーにつけられ、島田の恋人・野沢未来(石野陽子)の身片を探り始めるが、なかなか真相は明るみに出ない。そんな中、未来の部屋が荒らされ、梶ともども何者かに襲われる…。正義のためには手段を選ばず、時に”暴力刑事”とも呼ばれるヤバい男・梶の暴れっぷりが光るハード・アクションだ。
こんなギラギラした男臭い映画に、捜査課長役の成田三樹夫が娘のハワイ土産のマカダミアナッツチョコを社内で配るシーンが登場した時の「やられた!」感。これがとても心地良い。「食うか」とチョコの箱を差し出す時のドスの効いた声は流石であった。
初めは虫歯を理由に差し出されたチョコを断る梶も、最終的に「これいいかな」と言って一つ食べる。成田も一つ食べる。やはり甘いものの魅力には逆らえないらしい。話は逸れるが『夜の最前線 東京(秘)地帯』という映画でも脂ののった郷鍈治が色々行き詰まったところで「このチョコレートうまいな」と資材置き場でつぶやくシーンがあった。脈絡なく登場するところがまた何とも言えず、嬉しい気持ちになる。

まんだらけの社員食堂の定食には毎日一つデザートが付く。ゼリーの日もあればプリン、ムース、羊羹、わらび餅、ロールケーキ、パウンドケーキ、シュークリーム、時にはクレープやかき氷など、わくわくするようなラインナップだ。食後に甘いものが食べたくなるのは皆一緒のようで、ほとんどのスタッフがデザートまでしっかり食べて空になった食器を返却している。
私はこの冬自分の体重の増加が気になりデザートを貰おうか貰うまいか、毎回勝手に一人葛藤してしまう。甘いものは大好きだし後半の仕事も頑張るには糖分を摂取しなくては…うーむ。そんな時、成田三樹夫の「食うか」が聞こえてくる。ハードボイルドな現場には舶来もののチョコレートが似合うが今日のデザートはアップルパイ。ちょっと贅沢な気分で「娘のハワイ土産」もいいなぁと空想し、我にかえって今日も食べてしまった…と幸福な後悔を後半の仕事のエネルギーにする。

大藪春彦原作、そしてこちらも村川透監督の映画『野獣死すべし』。冒頭、土砂降りの雨の中からその一匹の野獣は姿を現す。通信社のカメラマンとして世界各地の戦場を渡り歩いた経験を待つ、主人公・伊達邦彦(松田優作)。躊躇いもなく無表情で次々と殺人を重ねる彼の姿は死神のようでありながら時折得体の知れない神々しさも放つ。最初から最後まで息が詰まりそうになる程の美しさと緊張感、下手するとお笑いに近くなりそうなギリギリの狂気…本当に痺れてしまう。

松田優作の怪演が異彩を放つ数々の名シーンをもつこの映画だが、伊達邦彦が街娼を買いながらもただ彼女の自慰行為を眺めつつトマトジュースを飲むシーンは何か象徴的でずっと私の頭の中にある。”ああ 悪魔よりも孤独にして 汝は氷霜の冬に耐えたるかな!”、狂気を感じる無表情で一点を見つめ彼は萩原朔太郎「漂白者の歌」を朗読する、バックには美しい旋律で「青春は屍を越えて」の曲が流れる…。
人体から噴き出す血の色、相棒役の鹿賀丈史が着るアロハシャツ、フラメンコを踊り狂う女が纏うドレス、そのほか至る所に〈赤〉が登場するこの映画に刺激を受け、いつの間にか赤色は自分にとって特別な色になっていた。トマトジュースと「漂白者の歌」と娼婦という身震いするような組み合わせ、原作とは主人公の人物造形も含め全然違う世界観に仕上がっているがこの不気味で残忍な感覚を〈赤〉が見事に仕上げている。

だし汁トマト、ナポリタン、ローストチキンバーガーのクランベリーソース、ショートケーキの苺、これらは全て最近食堂で出た赤い食べ物たちだ。酸っぱかったり甘かったり、主役でも脇にいても特別な役割を果たす赤い食べ物たち。実は主人公の食事シーンの描写の細かさが大藪春彦の小説の特徴の一つであり、『野獣死すべし』の原作で伊達邦彦は旺盛な食欲で肉や茹で卵10個を平らげ、酒で流し込んでいく。しかし映画には食事シーンはあまり登場せず、主人公の生活は謎に包まれたままだ。映画の中の彼は一体どのような食事を摂っていたのだろうか、クランベリーソースの甘酸っぱい刺激が鶏肉の旨味を引き立てるハンバーガーを食べた時、伊達の優美かつ獣の本能を秘めた姿が頭に浮かんだ。
彼が死神のような目つきで舐めるトマトジュースは我々に真っ赤な血を連想させる。原作においても映画においても象徴的に登場する食べ物は自分が普段食事をするときもなんとなくイメージとして付き纏う。映画の中の伊達邦彦は食欲とは無縁に見えるミステリアスな存在のままでいい。それでも赤い食べ物を口にした際、ときに「漂白者の歌」を唱えたりしまっているのだからイメージというのは強烈である。

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