岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第3回 |
コッペパン
改造拳銃の所持で実刑を喰らった花輪和一さんの、刑務所での日常を描いたノンフィクションマンガ、「刑務所の中」は映画にもなるヒットぶりでした。 しかし「塀の中」の暗いイメージを感じさせない何か底抜けにカラッとしたあの独特の雰囲気はなんなのでしょうか?刑務所の中のはなしである以上、当然登場人物は犯罪者と官憲しかいないわけで、しぜん今までの刑務所実録物は官憲と服務者の対決という、サヨク的にならざるを得ない展開でした。
ところが花輪さんはごく些細な部分、例えば所内での買い物や、細かなルール、食事についてばかり記述し、官憲への恨みはほとんど描かれていません。
読んだ後に重たいものが残らないのはたぶんそのためでしょう。
で、このマンガには普通に生活している人間には触れることのない刑務所内での食事が克明に描かれているのですが、やはり刑に服す人間にうまいものを振舞う理由がないわけで、変な話ですが、わざとマズくつくった食事、というイメージがあります。
たとえば米よりも不味い麦飯で、とか、あえて不味いほうを選択肢で選んでいるようなイメージでした。
青林工藝舎が出している本で「刑務所のごはん」という副読本があるのですが、それを読むと、予算が小さいため(一食あたりの費用は給食の数分の1とか)苦心して調理していることが分かります。
ただ麦飯や、甘味断ちに関しては、費用うんぬんよりも禁欲、罰の意味合いはあるみたいですね。
この作品で最も美味しそうに見えるのが、コッペパンなのです。
普段甘いものに触れることがないムショのヒトたちは、コッペパン+マーガリン+小倉あん、そして牛乳のコンビネーションは、ゆめのような組み合わせなのです。
コッペパンはコンビニに行けば100円で買えるありふれた食べ物。
ですが食べた瞬間にドヨーンと脳が溶ける程の美味として描かれています。
これくらいコッペパンがうまそうに描かれたことは歴史上皆無でしょう。
とりあえず僕も初読時には、読み終わるや否やすぐさまワーッとパン屋に行き、コッペパン買って、マーガリン塗って、アンコはさんで、牛乳をグビグビ飲んで、かじりついて、うまい!と叫んだ後に畳の部屋をゴロゴロと転げまわったりして、久しぶりのコッペパンを満喫したものです。
ですけれども、やはり花輪さんのような充実感、脳が溶けたりはしないです。
ふだん尋常でない禁欲を強いられている人にとっては、マーガリンでさえも贅沢に描かれ、最大の楽しみになってしまうのですね。
それならば早く出所しようという気持ちにもなります。
その食事に対する執念は、カバーの裏にもあらわれています。
びっしりと、毎日の献立が記されているんですよ。
もちろんわれわれが普段食べている食事に比べると貧弱なのですが、世間では贅沢を尽した極道さんとかが、金時豆の粒の多さに一喜一憂してたり、春雨スープに大きな肉が入ったといっては喜んだりしているのかと思うとなんかほほえましいですね。
ちなみに「刑務所の中」は中野店3F本店2にて売っています。
※この記事は2004年6月25日に掲載したものです。
(担当 岩井)