岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第33回

ハムカツと肉屋そして猫と無線

夕方5時くらいからやってるTVの、デパ地下の行列特集なんかだと、たいてい取り上げられるものの話題は決まってます。
洋菓子だとシュークリーム。パンだとメロンパン。軽食だとタコ焼き。
いたって庶民的でありながらも、みんながそれぞれ明確な好みがあるものばかりです。


(図1)
研究に値する範囲広いなー

そして惣菜においてはコロッケです。
コロッケはごくごく平凡でありながらも、あれでなかなか好みにうるさい人が多く、美味しいコロッケがある・・・ときくと気になる方は多いのではとおもいます。

ちなみに僕はパン粉が異常に粗いのはダメ。
マッシュポテト粉末を用いたやつはダメ。
ポテトの皮が具に混ぜてあるのもダメ。
じゃがいもにバターを混ぜたやつもダメです。
こういうのに当るとガッカリします。
僕の知人は「小判型じゃないとダメ」という古典派でした。

しかし自分の好みに根源にあるものを解いていくと「肉屋のコロッケ」に突き当たります。
なつかしいなあ。油に染みた緑色の紙に包んでくれて、頼むたびに揚げてくれる店もありますね。
肉屋のコロッケが美味しいのは、ラードで揚げるから。
1枚60〜100円程度とリーズナブルなのもうれしいです。
肉屋のコロッケの美味しさは「美味しんぼ」でも認められているんだから、これはもう全国民の共通認識といってよいですよね?(図1)

ですがこの不況下、個人経営の肉屋はどんどんつぶれているのも事実。
2年くらい前、バカな僕は採算という言葉をまったく無視し、 大学時代に食べた1枚60円のコロッケをもう一度味わうため、 片道1090円・時間にして1時間半かけて埼玉県北部まで出向き、当時70くらいのじいさんがやってた肉屋を目指したのですが、廃業していました。寂しいものです。


(図2)
フライはおそらくアジフライ?

そしてこうやって個人の肉屋がなくなっていくと、あるものも同じように消えていくのではないか・・・と感じてしまいます。
それは、というとハムカツ。

ご存知のようにハムのカツ、ですが、この生き物は不思議なことに、カツのくせにトンカツ屋のメニューには登場しません。
カキフライとかエビフライなどのフライ派には席があるのに、です。

「メンチカツや串カツだって登場しないじゃないか」
という意見もあるでしょうが、トンカツ屋で出てこない連中は、 洋食屋や定食屋という就職先もあり、アジフライやメンチカツはこちらでしぶとく生き残っています。

また串カツは居酒屋やビアホールでまだ活躍しているし、関西圏では串カツは「ソース二度付けお断り」の専門店がたくさんありますよ。


(図4)
丸ハムって網外すのめんどいよね


(図5)
いやいや分厚く切りすぎ

ハムカツは、トンカツ屋にも洋食屋にも、居酒屋にも定食屋にもビアホールにも出没しない。 つまり、ゴハンのおかずにも酒のつまみにもならない。
コロッケみたいに行列店も、串かつのように専門店も存在しない。 カツやコロッケのようにカレーの上にも乗っからない。カキフライのように旬で珍重されない。
登場するのは肉屋だけ・・・という、なんだか分からないカテゴリーのフライなのです。

以前アジフライのときも同じような話をしましたが、それよりもはるかにマニアックで一般性がないのがハムカツです。
なにしろ、ハムカツは家庭ですら揚げないのですから。

アジフライやてんぷら用の骨抜き済みのアジ、は売ってるけれど、ハムカツ用ハムなんて売ってないしね(ちなみに韓国ではのり巻の具にハムを使うため、細長ーい「のり巻用ハム」というのがあるそうです)

そう、そのおかずになりえない、というのがハムカツの根本的な欠陥で、みなさんハムカツが食卓に並んだことって、あるでしょうか? たぶんないと思います。
今ではハムカツは、コロッケ同様子どものおやつ程度の扱いなのです。
そんなハムカツですが、昭和30〜40年代はメインディッシュ。高級品でした。
これはハム自体が高級品だったことに起因します。

まず図2。
こち亀25巻の表紙の40年代の肉屋の風景。
コロッケ4円に対し、ハムカツは1枚15円ですよ。メンチの3倍。高いですよね。
こち亀では、何巻か失念しましたが、一般庶民はトンカツなんかたべない、せいぜいハムカツだった・・・と述懐してましたね。


(図3)
ローマイヤ先輩のエピソードは7巻にもあり


(図6)
ちなみに丸ハムで人を殴ると痛いです

ハムって高かったんだ・・・という懐古から出てきたエピソードでは「ハチミツとクローバー」でこんなシーンがありましたね(図3・4・5)。

ローマイヤって、高級ハムの代名詞だったのに、今はもうそんなこと知らない人ばかりだろうな・・・。
いまでこそハムって、スライスされて売られているけれど、昔はハムは中元とかお歳暮でもらうもので、一本丸ごと売られてたんですよね。

「伝染るんです」にもその想い出がチラと出てきてます(図6)。丸ハムねえ・・・。

ハムカツの最も美味しい食べ方は? というと、パンに挟む方法です。
それが登場するのは「花田少年史」2巻。タイトルはそのまま「ハムカツ」。
父親に育てられた女の子が、弁当がわりに毎朝肉屋でハムカツを買っていき(図7)、それを食パンに挟んで食べるこのシーン(図8)。

いやあー。すごい旨そうですよねえ。
ハンバーガーやホットドッグよりもぜんぜん旨そうです。
ハムカツって冷めてても美味しいのがとりえですね。
ソースにも合うし。

ことし一時期、ローソンのサンドイッチにもハムカツが登場したのですが、パンが薄くていまいちでした。
耳のついた厚い食パンにグイッと挟んだこのボリュームで美味しく見えるんでしょうかね。


(図7)
ハムカツ描写に異常にリキが


(図8)
あーー食いてえ

この「ハムカツ」は花田少年史の中でも名編で、子どもから見た、親の再婚に感じる一抹の寂しさとどきどき感が表現されていて、やっぱり一色まことは子どもを表現することの達者な妙手だなあと思わざるを得ません。

そして現在。
ハムカツはこれといった就職先がなく、たぶん未来はありません。

個人の肉屋がなくなっていくとともに、運命をともにすることになるのでしょうか。
ハムカツの材料の、赤いフチが入ったプレスハムや、練り物が入った合成ソーセージも、その運命に準じるのでしょう。
それはつまり肉屋文化の消滅です。

小学生のころ友達と一緒に肉屋に行き、100円玉1個でメンチカツを2つ買って公園で一緒に食べた、というような思い出は、 そういった肉屋文化の消滅とともに薄れていくのでしょうか。

余談ですが、90年代、お中元のCM高級ハムのCMで、シルベスター・スタローンがハムをもってタキシードで登場するシーンがありました。

でもうちの母親は「ハリウッドのスターが、あんな安っぽいハムなんか贈るわけないよ。スタローンも金さえもらえばなんでもいいんだね」といつもひどく悪し様に言っていました。

何故こんな悪感情だったかというと、うちも中元でハムばっかもらってしまい、 ハムが冷蔵庫に10本くらい転がってて処置に困っていたからのようですが、ハムが憎いからってスタローンまで憎くなるのがすごいですね。
うちの母的には「スタローンが死んだら、ハム贈ってくる人もいなくなるのに」くらいのものだったようです。

さらに余談ですが、夏、宇都宮に行ったときの話ですが、定食屋のメニューにこんなものがありました。

「ハムエッグ定食」

650円。ハム、目玉焼き、ゴハン、味噌汁・・・おかず足りない感がこんなにある定食って、ちょっとないですよねえ。
ハムエッグって、せいぜい喫茶店のモーニングの食べ物ですよ。それで650円。
高いよ。宇都宮って餃子が一皿200円くらいなのに、ハムエッグは650円。物価基準わかんないなー。
いざ頼んでハムがもし一枚だけだったらと思うと冷や汗がでます。

も一つ余談なんですが、むかし埼玉の「肉のハナマサ」の駐車場で、 3匹の猫が何か黒っぽいラグビーボールみたいなのを転がしているのを見ました。
なんだろうと思ったら丸ハム。

ハナマサから廃棄されたハムを、3匹の猫が食べようと必死にアタックしてたのすが、相手は丸ハム。しかも固い。
でうまく食えなくて、しょうことなしにゴロゴロ転がしてたんですね。
で僕が近寄って、ハムをちぎって食わせてやろうとしたら、猫が恐がってみな逃げてしまった。

でどうしようかとぼんやり砂だらけのハムを見ていたら、いきなりハナマサの従業員のおばちゃんが出てきたんです。
僕は思わず手を離して立ち上がった。
砂だらけのハムと、僕を、交互にみて、おばちゃんはこういったんですよ。

「それ食べたらダメだよ。汚いから体に毒だよ!」

・・・たべねえよ!! 砂まみれのハムなんか! と僕は心で叫んだのですがなぜか無言のまま立ち去る僕。
完璧誤解されたまま。何で反論しなかったんだオレ。若い頃ってやっぱりシャイだったんですかねえ。
いくら貧乏だからって、砂まみれのハム喰いそう、あの太っちょ、って思われるのって、 うーん人間としてはどうなんですかね。 負け組の中の、さらに負け組グループ構成員ですかね。

・・・などとハムのことを書きながら話してたら、マニア館の國澤さんが通りかかり
「ハム? 無線ですか?」
と一言。

・・・いまどきハムっていって真っ先に思いつくのが無線。CQCQですか。緊急指令10-4-10-10の時代ですか。
いまが2000年代だってことをうっかり忘れるこの発言力。この人にはやっぱかなわない・・・と思い知らされる一件でした。

※この記事は2005年10月20日に掲載したものです。
(担当 岩井)

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